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にこにこにこむぎ。

比べたがり屋の世間に流され疲れたら、またおいで

新生活と人間関係とヲタク。

お久しぶりです。まとめとして近況をつづります。

春から新しい生活が始まりました。知り合いのいない環境、知らない土地、初めての一人暮らし、慣れない家事、、要領よくいかない毎日です。細かいことはおいおい話すとして、まず新生活ショック述べたいと思います。

入学式がありましたが、かつての入学式を思い返すと本来こうあるべきでないと感じました。最近の時代って便利だけども恐ろしい。私が通っていた中学・高校は携帯の持ち込みは不可でした。中3から携帯を持ち始めてメールを始めLINEは高1から流行り、メールの衰退を経ていまに至るという感じだと思います。いずれにしても席が近いからとか同じ芸能人が好きだからとか、何かしらの理由があって仲良くなってメールアドレスやLINE IDを交換するといった流れだと思います。
しかし今回自分が大学進学という年になって初めて知ったのですが、最近はどこの大学でもTwitterで大学の独自のアカウント(非公式)を作るところが増え、その大学へ進学する者が皆それをフォローする。そしてそれのフォロワーは皆その大学に進学予定であり、自分のプロフィール欄に学部を明記することで同じ学部の友達を見つけることができる。こういった流れが「一般的」と言ってしまうのには語弊があると思うが、TwitterSNSを多用する者にとっては大変根付いているものと化している。
私が入学式当日に目にしたのは、「Twitterの○○ちゃん?」「あ!△△やん!会いたかった~~~」という会話。今までに体験したことのない文化でした。今までに現実空間で会ったこともない者同士がすでにお互いの顔を把握してコミュニティを広げていたのである。数人いたとかいう次元ではなく、右も左もどこにいてもそういった会話が当たり前のように繰り広げられている。推薦で早くに決まっている者もいれば国立後期まで奮闘していた人もいるだろう新入生。SNSを多用している人もいればSNSとは無縁に生きている人もいるだろう新入生。入学前にすでにコミュニティが形成されていることは同い年である私でもびっくりしたことであるのに、それ以上の世代はこれを見てどう思うだろうか。人それぞれの生き方があるはずなのに、SNSで友達作りを積極的にしなかった私たちがおいて行かれているかのような空気感であり、居心地の悪さというものは尋常じゃなかった。
私はアイドルヲタクをしている、いわばジャニヲタである。先日ニュースで10代の5人に1人は知らない相手とSNS等でコミュニケーションをとっているというデータがあると知った。それ以上詮索していないため正確なことをこれ以上言えないのが無意味な情報投函となってしまったことは申し訳ない(笑)話を戻して、私もその一人であることには相違ないのだがなんとなく違和感を感じてしまった。私も子供であり自分もそうした行為をしていながらこうした記事を書くことに抵抗を覚えることもあるうえにそう思ってしまう方が多いのが現実だとは思うが、なんとなく納得できない、未だに。
結局私は入学式はいろいろショックでお隣の子ただ一人だけお友達ができた状態で帰宅して、お友達ができるかだけが不安だったはずなのに友達ができても友達のことが不安だ、と明日なんて来てほしくないと願うばかりだった。しかしその次の日にはまともなお友達と出会うことができた。普通によくあるコミュニケーションを重ね、世間話をしても特に浮いた感覚はないし昨日のつらさは忘れるほどの楽しみを得た。その後のことはいろいろと言いたいことはあるが、事細かに書くのはやめてあと一つ語りたいと思う。

日々オリエンテーション等を経ていくと、だんだんSNSに限らず普通にお友達ができていくものだった。それは私だけでなく誰だってお隣の子やたまたま出会った子とすぐに仲良くなれるものだった。しかし明日会えるか、今後会って覚えてくれているか、普通に接してくれるものか、不安も募る。そこで気付く、やっぱり趣味の合う友達を見つけなくちゃ自分が自分でいられなくなる、ということだ。私の周り(高校時代の友達)にも多いのだが、「私四月からはジャニーズ好きってかくして生きるから!」という言葉だ。たしかにこれまでのノリでジャニーズに沸いていると、またジャニヲタの友達はできるかもしれないがそれを受け入れない人もでてくる可能性がある。しかし高校の時の友達に話せばいいから!なんて思っても、やっぱり日常でボロは出ると思うし、学校でジャニーズについて話すことが根付いてしまっている以上、友達に昨日の自担の番組について語れないのは息苦しいことだと思う。
そんなこんなで、いまは日常を生きる上では困らない程度の友達はできたし、なんかあったときに頼みやすい・頼りやすい友達もいる。と同時にヲタを受け入れてくれる友達も見つかったし、その子が過剰に私がジャニヲタであるということを他人にばらまくとも思えない。私はひとまず自分の作りたかった最小限のコミュニティを築けたのではないかと少し安堵を覚えている。

というわけで長くなり、結局スタートとゴールが正しいのか自分でも謎であるが今回は締めくくろうと思う。大学生活で頑張ることは、日々復習を怠らずに生きるということだ。気になったことは自分で追及していかなければ変わらない。自由であるからこそ、自分からどう動くかが大事な4年間。口だけにならないように、初めを大事に生きます。

おしまい。