にこにこにこむぎ。

比べたがり屋の世間に流され疲れたら、またおいで

アイランドパンフから詠む顕嵐くん #下書き供養

 

※16年オールスターズアイランドのパンフレットの内容について話していて、読んでないと通じない箇所も多いですが、ネタバレ?が嫌な人はUターンお願いします。

 

 

12月のアイランド観劇後帰宅して、パンフレットの顕嵐くんのページを読んで、顕嵐くんのことをますます好きになってしまった。とんでもない人を好きになってしまったし、好きでよかったと改めて思った。

 

少クラで7人のLove-tuneでFIRE BEATを歌ったときのこと。番協での反応(入ったわけではないが)、レポが回ってきたときの反響、放送後の反響、忘れもしない。NHKホールに久しぶりに立つことに対する計り知れない不安、まだまだスタートを切ったばかりだった不安定なLove-tune、その中で4人の後に登場してセンターで出だしのラップパートを担当する重み、計り知れない。

パンフレットで語られているエピソードは顕嵐くん本人が一番にその重みや不安を感じていたというのがひしひしと伝わる文面であるし、前にも話したんだけど「言語化することのできるアイドル」は強いので後からこうして弱いところも表現できる顕嵐くんは何物も武器にできる人だと改めて感じた。

 

正直レポが回ってきたときも放送後も、みんなが口を揃えて言う「帝王感」というのがよくわからなかったんです。今も100理解できているかと言えばそうではないと思うんだけど。でもそうしたファン・ヲタク発信の感想がきちんと彼の元に届いて受け取ってくれていることに感動したというか、こうして循環してこそパフォーマンスが帰結する気がした。

顕嵐くんがあの場の歓声を自身のものとして受け取ってくれていたことがわたしは嬉しくて。直接的なコンタクトが取られていたわけではないのに、そこではファンの思いと顕嵐くんのパフォーマンスが双方向性になっていて、信頼しか生まれないじゃないですか…うん信頼できる。

 

顕嵐くんを好きになってから、まるで「歩けるようになったね」「1人でおつかいできたね」って子供の成長を見守るように甘やかしがすぎるときもあるほど 顕嵐くんの言動全てに意味を見出して感動して過剰に受け取ってしまうようになってしまった。意味を見出すと言ってもエゴ的な押し付けかもしれないけど。

でも、テキストにある「まだLove-tuneの形がハッキリしてない頃」という表現に見える不安、試行錯誤で決まった仁王立ちのパフォーマンス、会場の反応に対する驚き、ファンや仲間からの賞賛。顕嵐くんにはこれからも全てのことを当たり前と思わずに糧にしてパワーアップしてほしいと強く思う。

 

 

もう一つ書かれている「名札を裏返すという行為」も、彼自身が帝劇に立つことに慣れてしまっていたら生まれない感性なわけで、そうしたルーティーンに意味を見出せるところがシンプルに好き。そう感じることができた顕嵐くんは、今後も帝劇に帰ってくるたびにこれまで立った舞台のことやそのときの自分を思い出すわけで、他の会場に行ったってそこのルーティーンに従って彼はどこか感慨深くなるのだろうなと思うと勝手に誇らしい。これからもいつでもどこでも慣れずに変わらずにいてほしい。

 

そしてその名札を裏返すという自分の行為に、これまで同じようにここを通ってきた先輩方を投影する姿がとっても顕嵐くんらしい。顕嵐くんはいつだってここに止まっていないし先を見据えている。

ジュニアとしての経験の積み重ねにいつか終わりが来るんだという話も前にしたんだけど(ジュニア恒例のイベントであってもいつかは知らないうちに去年で最後だったんだなとか後から思う日が来る、可能性もあるということ。クリエ卒業やつまるところデビューとか)、顕嵐くん自身もきっとこれがジュニアとしての目の前の仕事として捉えているのではなくてデビューなりをしたその先に思い出す場としての認識が少なからずあるのだと、信じたい。

ジュニア大賞を卒業することを目標に挙げられる顕嵐くんだから、来年はここにもう立たないぞとか次来るときは次のステップに進んでからだって誓っているひとであるのだと、信じたい。

 

 

わたしはやっぱり帝劇に立つ顕嵐くんが好きだから、名札をひっくり返して気持ちを引き締めてステージに立つ顕嵐くんが自分に向けられた歓声を受けてまた大きくなるのを酸素にして わたしはまた息をする。

 

でも帝劇をも飛び出してもっと大きくなってね、と願うはタダだよね。

 

 

おしまい!