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にこにこにこむぎ。

比べたがり屋の世間に流され疲れたら、またおいで

もう、傷つかなくていいように

 

母になるの第3話を見た。

話とは関係ないけど、小学5年生のときのことを思い出した。

 

 

わたしも、苦しくて苦しくて周りの目も気にせずに泣きながら家まで帰った。でも泣いた顔で母にただいまって言えないって思った。行くところもなくてマンションの下のコンビニに行った、アイスを買って食べた。

 

時間も経った。涙も止めた。いつも通りただいまって言った。

当時は自分が泣いてたことを勘付かれないようにってことに必死でそんなこと気にも留めなかったけど、だいぶ早く帰ってきたことを母は不思議がらなかったし、わたしに何をしたかも聞かなかった。

 

母はわたしにお金を渡して、下のコンビニで好きなアイスを買ってきたらって言ってくれた。コンビニに寄り道して帰ったことなんて知らないから、わたしはまたアイスを買いに行った。家で食べるアイスは美味しかった。こんなに美味しいなら出かけるんじゃなかった、一人でアイスを食べるなんていう必要のない寄り道だってしなくてもよかったのに。

 

 

土曜日のお昼に、学校の友達が家のインターホンを鳴らした。母が出て、友達が遊ぼうって誘いに来たよって教えてくれた。びっくりするけど、わたしは後にも先にも、土日に友達が突然押しかけて遊ぶなんていうこと、なかった。シンプルに嬉しかったんだと思う。苦手な子もいたけど、心の支えであった大好きな子もいた。たまにはみんなで遊びたいな、せっかく誘いに来てくれたんだからって。行ってくるって、浮かれて家を出た。

 

のが間違いだった。いいことなんて起こらなかった。

学校区外だから子供だけで行っちゃだめだって親から言われてる公園があった。みんなはそこに向かおうとしていることに、歩いてる道筋で分からないわけがない。川沿いの道を歩いて、橋を越えていくとその公園がある。橋を越えたら、わたしは約束を破ってしまうんだ。変に真面目だから、わたしはそれがとても怖かった。友情でルールを飛び越えることが怖かった。

 

橋に差し掛かったときに、なんでわたしを公園に誘ったの、って聞いた。たぶん涙はもうほとんど出ていた。

強気な友達は橋を渡り終えそうなところまで来ていて、わたしを心配する友達は橋の中腹で右往左往している。わたしは前からあの公園には行っちゃだめって言われてるから行けないんだってずっと言っていたのに、なんでわたしを誘ったの?誘われてもわたしは行けないのに。涙混じりで届かないわたしの声を、心配する友達が伝達してくれた。分かり合えなくて、先頭はどんどんと遠くなって行った。わたしは帰るねってつぶやいて背中を向けた。みんなは先頭を追いかけた。

 

わたしはよく泣く子だった。怪我をすると泣くし、お腹が痛くても泣く、男子に文句を言われて言い返す言葉が見つからなくなると泣いて、心が弱くて涙が止められない人だった。武器にするつもりもなく、感情が溢れると代わりに涙が止まらなくなった。

気付けばわたしはちゃんと泣かない子になっていたのだなぁとか、いつのまにかわたしも大人になっているのだなと思う。

 

 

これを書きながら泣いているから大人にはなってないか。

 

 

もしこの日わたしがルールを破って公園に行っていたら。泣かずに今日は帰るねって言えたら。よかったのかなぁ。

 

何が友達を不快にさせて、何がわたしを泣かせたのか、考えても分からない。

 

帰り道の涙も、母にこんな姿見せられないって考えたときも、さっきまで泣いてたのに母の前でにこにこしていることも、全部苦しかった。とっても苦しかった。

 

でもその後のほうがたぶんもっと苦しかった。でもよく思い出すのはこのときのことばっかり。

 

 

母は、わたしを送り出したあの土曜日から、きっと全部分かっていたんだと思う。あのときも、ずっと時が経った今も、わたしに何も言わず、聞かないでいてくれることが、母の愛だったのだということに、ようやく気付いた。

 

わたしはいつまでも嫌なことを思い出すことで何回も何回も傷ついてしまう弱い人間だけど、母は同じことでもう傷つかなくていいように、してくれていたのかな。