にこにこにこむぎ。

比べたがり屋の世間に流され疲れたら、またおいで

青と紫

 

きょへへの好きを重ねていった2017年のクリパ。ひたすらにきょへかわいいきょへかっこいいの気持ちでいっぱいで、きょへにピンクをあてがいたくて仕方がなかった。きょへ自身ピンクが好きだし、廉くんも着てたピンクの衣装着れてやったー!だったし、何よりピンク似合うし。ピンクがよく似合う!他でもないわたしが楽しくてきょへに向けて頑なにピンクのペンライトを振っていた。背中越しのチャンスであろうとピンクを振っていた(そこは変えたげてよ…)

 

2018年のあけおめ。開演に合わせてクリパ同様ペンライトをピンクに灯した、けど、クリパと変わったことと言えばわたしの意識だった。クリパのときはわたしが楽しくてわたしの好きでピンクにしていてもまあ成り立っていたけど、わたしはきょへの担当としてきょへに光を向けているのだと一瞬考えた。依然としてピンクのペンライトを振った。

でも、きょへが愛してる愛してないを歌ったとき、客席が青くてびっくりした。きょへの担当も、そうでない人も、きょへのことを青の人だとほとんど共通認識で理解しているのだということ。そしてそれがこんなにも可視化されると、さすがにわたしのきょへにピンクをあてがいたい気持ちなんて、なんてちっぽけでくだらないんだろうって思った。すぐさま青に変えた。わたしの青担人生の始まりだった。

 

とはいえ何もかもに慣れなかった。青の人の担当をするのは初めてで、自分が私生活で青を意識し始めていることにもそわそわした。春松竹に朝田くんの人と入ったとき、青一緒だねって話をして、青一緒だねって思ったんだけど、わたしも青の人だよねってなんだか客観的に見ている気持ちになった。そうなんだよねわたし青なんだよ。

同じようにWEST大阪に入ったとき、きょへの青だよ!と思いながらペンライトを青に光らせていて、たまたま席が近かった友達からもわたしが振ってた青のペンライトが視界に入ってたって話を聞いて、そうなんだよねわたし青なんだよね、とまた思った。

 

夏の少年たち、初日のチケットを持ってた。朝田くんの人と、そうだった青一緒なんだよねってまた話した。朝田くんはこの日から舞台に立っていた訳なのだけど、初日の会場にいた人のどのくらいがそれを予想出来ていたかは分からない。そう思うと、今日の今この瞬間に関しては、青の光の多くはきょへに向けられているのかもしれないとも予測できた。そのときの景色を覚えているようでよく覚えていないけど、でも「きょへのために青を振りたい」と強く思ったきっかけになった日だった。きょへが青の光を見て自分のことが好きって思うかなんて知らないし、そもそも自分に向けて大多数が青を向けているだろうことを強く理解しているのかも分からないし、自覚していたとしてもその青が自分のものとは限らない以上過度に意識していないかもしれない。でも、例えそうでも、きょへの目の前にたくさん青の光が揺れていたらいいな、見せてあげたいなって、思って仕方がなかった。ヨッシャ青の光で埋め尽くしたるぞって。青担人生が始まって以来、本当の意味で青への執着が生まれ、青に対する誇りを持ったきっかけになった日だった。

 

8月5日のとれ関で、少年たちのグッズになっていたキーホルダーの紐の色の話が出た。各メンバーが色の希望を出して、採用されたりされなかったりといったところらしかった。きょへのキーホルダーは青だった。上の人が決めて作られた青と、きょへが希望して作られた青とでは話が違う。わたしは全てを鑑みて後者だと思った。初日に青への気持ちを高め、きょへが青をどう思っているかは知らんけどわたしは青を向け続ける!と誓った矢先にこれ。軽く泣いた。きょへは、自分が青だという自覚があって、きょへの中でも青に対する意識や気持ちが少なからず存在するのだということが可視化された瞬間だった。想像の範疇の話だったかもしれないけど、わたしにとってはすごくすごく嬉しいことだった。きょへが青を少しでも気にかけているのであれば話はなお早い、わたしはきょへにもっともっともっと青の光をいっぱい見せたいと思うしかなかった。スーパーロケットの衣装も青だし、あ〜天才、青を愛し青に愛される高橋恭平くん!

 

10月4日なにわ男子結成を早売りで知り、ユニット所属が嬉しくて、ということは正式にメンカラが決まるのだということを想像して浮き足立った。被ってない以上きょへに青が来て当然だと疑ってなかった。それに、わたしは結成が分かった瞬間からメンカラメンカラ〜!と浮かれていて、いやさすがに浮かれているなと思ったのだけど、かくいうきょへがなにわ男子一発目のPOTATOで「担当カラーは断然、青希望!」と言っていたのできみも浮かれてるな!一緒!きみもその気ならわたしも断然青希望でしかない!と思った。

 

けど絶望は早かった。10月6日大ちゃんの日誌に上がった写真できょへは紫のパーカーを着ていた。青を着ていたのは丈くんだった。この、まだ何も知らない状況下においては、オイきょへに青譲ったらんか、と思った。とは言え、やっぱりわたしは青ではなかったらしい!紫担ただいまーー!青への悔しさはあるけど紫になった以上そんなの知らん紫担がんばりまーす!て結構すぐに気持ち切り替えて順応した、はずだった。けど、その日誌に上がってた写真でもあるテレガイで好きな色のパーカーに着替えようというページで「高橋は真っ先に『好きな色』と迷いなく青を。ほかの色を勧められても『今だけでも青を着たい…!』と」と、まだ誰もパーカーを手にしていない中できょへひとり青のパーカーを握りしめていた。胸が苦しかった。どのお写真見ても、きょへは青のパーカーをぎゅっと抱きしめていて、同じ理由で赤を選んだ道枝くんと分かり合う写真なんかも後から発売されて、わたしの中で軽く地雷だった。

メンバーカラーの話が出たとれ関でも。10月7日の回で道枝くんの口から「恭平がずっと青がいいって言ってたのが印象的」ってそこにいないきょへの話が出るくらい、話し合いの中できょへが自我を通したところだったのが分かりすぎてつらかった。きょへは自分が青だと分かって意識しているのかな?しているといいな、なんて言ってた夏がもはや寝言のようで、わたしの想像以上にきょへは青を気に入り、青を好きで、青に執着していた。わたしはわたしで秒で吹っ切れていたのに、きょへが青を強く望み青を手に入れられなかった事実を知ってしまうと、そうでもいられなくて苦しかった、知らなければ苦しくなんてなかったのに。11月18日の回で「メンカラじゃんけん」という恐怖のワードが出てきて戦慄した。そんなんで簡単に青を譲れるわけねーーーーーーだろ!!!!!!と過激派の血が騒ぐしかなかった。結局、じゃんけんで勝敗がついたとはいえそれを納得出来るはずもなく自分らではまとまらず、メンバーカラーは大人に決めてもらったときょへが教えてくれて救われた。

きょへは紫で頑張る!とすぐに素直に前向きに言っていて、そういうところが大好きだしそう言ってくれる以上わたしだって同じ気持ちだよって全力で思った。でも、きょへが青を望み、最後まで青にこだわろうとしたことは事実で、わたしはそれをずっとずっとずっと忘れないからね、と思ったの。

 

今でもそう思っている。紫に順応している今と、青に情熱を持ち青に拘ろうとした過去とは、同じ土俵では語れない。比較するものでもない。結果として、わたしは今紫を背負うきょへのことを誇りに思っているから。と同時に、今青を背負う丈くんのことだって同じユニットとして誇りに思っているから。

なにわ男子に選んでもらって、メンバーの一員として紫を背負っている以上、きょへの中に紫である自覚と紫を意識する気持ちは絶対にあるだろうと思う。ユニットに属している以上、それは「当たり前のこと」とされるのかもしれないけど、でも、きょへが紫に対して、メンバーカラーという役割分担としてではなく、頑なに青に拘ろうとしたのと同じように情熱を持ってくれているといいなと思う。今がそうでないという意味ではもちろんなくて、紫は誰にも譲らん!俺の色や!くらいもっともっとまっすぐぶつけてきょへの目の前に揺れる紫の光をもっともっときょへのモノにしていってね、していこうね。もっともっともっときょへに紫のペンライトを見せてあげるね。

 

青を好きだった気持ちと紫を好きな気持ちとが色褪せないように。混ざらないように。書きました。

(わたしの語りの語尾には全て「※ソースは記憶です」が付いていると今後も思っていてください。)

 

おしまい!